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最初のバスから数えると4時間、バス代+タクシー代13.4€を費やして、K村にたどり着いた私が真っ先にしたことは…

昼寝でございました。

いやぁ、お母さんとお父さんに挨拶したら話すことなくなっちゃって、友達の家に行こうと思ったら「婚約式で出かけるから明日の朝ね」って言われちゃうし、本当、あとは散歩するしかないんだけど眠気が勝っちゃいました。
一体、何しに行ったんだか…。
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これで終わっちゃうのも何なので、村で見つけた新しいお家。多く見積もっても築1年半。去年の1月に来た時はなかったんですから。
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住人の了解なしに内部公開!!しつこいですが、新しいお家です。決して建築途中ではありません。
外装もこれでフィニッシュ、白く塗ったりはしないんですって。田舎家風が流行?
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さて、K村まではあと一歩のところに来ましたが、その前にバスに乗り遅れた経緯を少々(長々になりそうですが…)。

いつもはイラクリオン市内のバスターミナルからバスに乗るので何も問題はありませんでした。
が、今回はイラクリオンから少し西に行った郊外の市の友人宅に滞在していたので、途中のバス停でバスをつかまえなくてはなりません。
何種類かのバスが相当のスピードで通り過ぎるので、これが中々大変な仕事。
友人は仕事だったので、同じ建物に住む兄嫁(1月にお世話になったK)に頼むはずが、彼女は旦那を病院に連れて行って留守。
そこで私をバスに乗せる役目を仰せつかったのが、友人の息子S、11才。友人はK村の出身で、村の「お母さん」は彼のおばあちゃんです。
「時間だよ」と私をバス停に案内し「バスの行き先読める?」と照りつける日差しの中、バスの来る方向を睨んでいました。d0042214_0131940.jpg
「僕、バスで行ったことがないんだ。降りるところ分かる?」ありゃりゃ。
「私は何度もバスで行ったことあるよ。大丈夫」
何台かの路線バスが通り過ぎ、長距離バスが見えました。
「何て書いてある?違う、これじゃない」
「あ、次に来るバスじゃない?」見覚えのあるバスの色に私が身を乗り出すと「そうかも。あれ?A村までしか行かない」
「え、でも…」
そのバスも見送り、予定の時間が過ぎ、彼がいらいらしてくるのが分かりました。
「何でKに行きたいの?」
「ずっと行ってないから」
「そうだよね…」
「帰っていいよ、私ひとりで待つよ」
「一人でバスの行き先見て止められるの?」
「…」
「じゃ、ダメだ」

私の携帯が何故かつながらず、会話もなくなりました。
「ねぇ、家に帰ってお母さんに電話してみて。私、一人で待つから」
「じゃ、そこの店で電話借りるよ。もし、バス来ちゃったらどうする?」
「頑張る!!」
「わかった」多分、バスはもう来ないと思ったらしく、今度は素直に私を置いて行きました。

「A(私のこと)、家に帰るよ!!今日はA村行きのバスしかないんだって。チクショウ」

家に帰ると従姉がいてその「A村」行きのバスがその先まで行くことを教えてくれました。
「そんなこと言ったって、分かるはずないだろう!!!」
彼は私には怒りをぶつけず、でもふてくされてソファに転がってしまいました。

1時間後、友人が帰って来ました。
「ごめんね、私が悪いの。表示が変わってるの知らなくて…」
「私はいいけど、Sに悪くて…」
彼は別に、と言う顔をして抱きついてきました。

その後、まだA村まで行く便があったので、前回書いたような成行きになったのでした。
再度、バス停まで私を送らされる羽目になったS。
「S、荷物を持ってあげなさい」と友人。
「重いからいいよ」
「いいのよ、彼は男なんだから」
「大丈夫だよ。ほら、行くよ」
階段を降りる途中で荷物を取り返そうとしても渡しませんでした。

d0042214_0134360.jpg母親とは彼が生れる前からの友人、彼が1才の時から会っているので、普段は身内のように甘えてきます。抱きついてくるは、あちこちキスしてくるは…。まだまだ子供だなって思っていたのですが、確実に男の子から次のステップに成長しているんだな。
一緒に買い物に行った時も、絶対に私にお金を払わせず、荷物も渡しませんでしたっけ。
家を少し離れたところで、もう一度「カバンちょうだい」と言うと黙って渡したのにはちょっと笑えましたが…。

バスに乗る前に「切符、持ってる?」と心配し、運転手さんに行き先を確認してから私を乗せてくれました。

そんな彼へのお土産はポケモンカード!!もう狂喜乱舞してました。「大きくなったら絶対日本に行ってポケモンセンターに行くんだ!!!」「大きくなってもポケモンが好きじゃ、変だよ」「そんなこと分かってるよ!!」
写真のタイのお土産は彼からのプレゼントです。
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1月にギリシャに行った時は、アテネの友人に会うことがメインテーマでした。
そのため、クレタ島の友人は留守で会えず、いつも行っている村にも行くことが出来ませんでした。
で、今回は会えなかった友人と村訪問が最優先課題。
詳細は後日、書くことになると思いますが、村訪問に際し、若干のトラブル発生。
d0042214_23152714.jpgこのK村はイラクリオンからバスで2時間ほどの山間部にあります。
バスはウィークデイに一日一本。
そのバスに乗り損ねてしまったのでした。
で、その後に来る途中の大きなA村行きのバスに乗り、そこからタクシーでK村まで行くことに。
いつもはタクシーか村まで行くバスに乗っていたのでA村に立ち寄ったのは初めての経験。
K村のお母さんの指令により、A村にある市庁舎の前でタクシーを探すことにしました。
バスを降りてだらだらと下ると市庁舎がありましたが、その周辺にタクシーの気配はありません。
クレタ島の田舎に慣れた私とは言え、初めての村での人々の視線はきついものがありました。
お母さんに電話しようか…と思いましたが、いつまでも甘えていてはいかん、と思い切って市庁舎の向かい側のカフェニオンに向かいました。
ギリシャではカフェニオンは基本的に男性の憩いの場、女性はあまり見かけません。
狭い間口の店の奥に一人の年配の女性がトランプを広げていました。
この方がこのカフェニオンのご主人に違いない、と当たりをつけ、声をかけました。
「タクシーを探してるんですが…」
「どこまで行くの?」
「K村まで」
この方、とても無表情でしかも恐い顔(失礼)。
「ちょっと待ってて」
そばにいた男性に「タクシーを探してるんだって、○○のとこはどうかしら?」と言いながら電話を掛け始めました。
「K村まで行きたいっていう女性がいるんだけど、あんた行ける?今、どこ?うちのカフェニオンにいるわ。じゃ、待ってるわね」
私は電話代のために小銭を握り、電話が終わるのを待っていました。
「今、来るからそこに座って待ってなさい。何、飲む?ご馳走するわ」
この間、彼女の表情は一切変わりません。
耳を疑いながら「あのこれ、電話代に…」
「そんなのいいから。何を飲む?コーラ?オレンジジュース?」
「あの、じゃ、オレンジジュースを…。ありがとうございます」
「ここで働いてるの?ここの人と結婚してるの?K村に一人で行って大丈夫なの?」
「ただの観光客です。K村に友人がいて何度も来てるんです。こちらの村に寄ったのは初めてですが、大きな村ですね」
全く変わらない表情でジュースを出してくれた彼女との会話はまた選挙の話題に。
「明後日、選挙があるのよ」
「どこを支持しているんですか?」
「私はND」
「良い政党だと思いますか?」
「習慣みたいなものね。こんな田舎のことをきちんと考えてくれる政治家はいないわ。どっちが勝ってもここに影響はないと思う」
この時、タクシーが到着。
「ほら、来たわ。気をつけてね」
もう一度、電話代と飲み物代を差し出す私の手を押し返す彼女の表情は最後まで変わりませんでした。
山間部のこの地域は、観光客を呼ぶには魅力が薄く、農業、牧畜が主な産業です。
そのため、村を離れて都会に移る若者が多く、過疎化、高齢化が進んでいます。昨年は地方自治体の再編成があり、抗議運動もあったようです。
正確にいくつの村がこの地方自治体に属するのか、分かりませんが、少なくとも3つの村が属しており、合計有権者数は2,742名。この中には都会に移っても登録を移していない人も多くいます。

今日、誕生した福田自民党新総裁が「何とかしなくちゃいけませんね」と農村部の住民に語りかける画像を見て、何とかって何だろう…とギリシャの村とΑγαπη(アガーピ 愛)と言う名の女主人の顔を思い出しました。
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しつこく選挙ネタで申し訳ありません。
ギリシャ国会は一院制。定数300。
ものすごく大雑把に言うと
    ND(ネア・ディモクラティア 新民主主義党)と
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  PASOK(パソック 全ギリシャ社会主義運動)の
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2大政党の政権争いが1974年の新憲法制定以来続いています。
2004年3月、NDが勝利して現カラマンリス首相の政府が成立。
その前は2期続けてPASOKが政権を握っていました。
社会主義運動と言ってもかなり右傾化しているそうです。

  さて今回、私の行った個人的局地的世論調査(対象17名 無回答なし)では
ND支持 9名 PASOK支持 7名 他 小政党支持 1名
 調査対象は20歳から78歳まで(選挙権は18歳から)
  農村部 5名(ND支持) 
  都市部 4名(ND支持) 7名(PASOK支持) 1名(SYRIZA支持)
でした。

  支持理由としては
ND 生れる前からND支持だから
   まだカラマンリスは1期目なのでもう1期やらせてやる
PASOK ずっとPASOK支持だから
   という分かるような分からないような…。
どちらが政権を取っても自分の生活には関係ない、と言う回答も複数ありました。

少数政党 SYRIZAを支持したアテネ在住の20代女性は、ギリシャには変化が必要だから、 と一番、前向きな回答でした。

興味のない方には全くどうでもいい話でしたね。すみません。
でも選挙権もないのに、会う人毎に「どこに入れる?」とか「どっちを支持する?」と訊かれ、嫌でも関心を持たざるを得ませんでした。
お詫びにイラクリオンからちょっと西に行ったところにあるビーチの写真でもどうぞ。
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ただいま、帰りました。
いっぱいお話ししたいことがありますが、まずは帰ってきたばかりということで、あちらの天気について。
1週間の滞在中毎日、秋晴れのような空。はクレタ島イラクリオンで、早朝に一度遭っただけでした。
昼間は30度前後あり、まだまだきつい日差しでUV対策は必要。
夜は20度以下になってたのではないかしら。
昼間は袖なし、半そでが2:8ぐらいの割合でした。
夜は大体、長袖の上着が必要。なくても凍えはしませんが、じんわりと冷えてしまいそうです。
昼夜の気温差が激しいので風邪をひいている人が多いので、気をつけた方が良さそうです。

さてさて、今回はなんと言っても「総選挙」!!
残念ながら私には投票権はありませんが、今まで疑問だったシステムが色々分かって面白かったです。
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写真は国会議事堂を背景にした結果を待つ人々とテレビカメラです。
結果は与党の勝利。なんと、7時に投票が締め切られて、7時15分ぐらいには与党の過半数獲得が報じられました。
開票率などもまだ、10%未満だったのに。最終結果もほぼこの通り!!
「ギリシャでは何でも遅れるのに何で選挙だけ速いの!?」
「そのためのシステムが開発されたから」
なんでその努力を他に回さないんだろう…?

日本の新聞では薄氷の差と報道されていましたね。
ギリシャ語のWEBのニュースを眺めていた印象ですが、1週間ぐらい前から風向きが変わった感じ。
与党で選挙に関わる仕事をしていた友人も、「こういう結果は正直期待してなかった」と言っていました。
4年前、初めて現与党がそれまでの与党を破った時ほどの騒ぎではありませんでしたが、支持者達は思いっきり勝利を喜んでお祭り騒ぎだったようです。

折角の機会なので行って見たシンタグマ広場には与党の選挙事務所が置かれ、人が集まり、歌が流れ、党旗や国旗が振られていました旗は、屋台で音出しグッズやマフラーと一緒に売られていました。
勝利が確定した頃からは、党の係員が歩いている人や車に配り始めました。
てろてろ歩いていると、突然前から来たおじさんが国旗を私に差し出してくれました。
「私に?」と訊くと、うなずいて渡して去って行きました。おじさんも誰かにもらったのかな。
ですから、あの時、旗を降っていたのが全て支持者とは限りませんね。
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この旗大きくて棒付きだったので、道行く人から「お前はどっちの支持だ?」と声がかかりました。
大きさ確認のために新聞を置いて見ましたが如何でしょう?
また次も選挙ネタになりそうです。
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ima, kureta tou no tomodachino tokorode kaitemasu.
komento ran ni umaku hairanakattanode toukou sitemimasu.
kesa, iraklion deha kono aki saisho no ame ga furimashita.
demo atsui!!!
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何がどうしてこうなったのか良く分からないのだけど、明日からギリシャに行ってきます。
いや、確かに航空券オンライン予約をポチッとしたのは私以外にはいるはずはないのですが…。
あの時の私は病気だったに違いない…。
無理やり閉めたスーツケースには何が入っているのか自分でも分からない。
キャットフードもアセロラドリンクも調達する暇がありませんでした。
昨日、塗った爪はボロボロになりました。
一人、二人の友人にしか連絡を取っていません。
ブログかいてる場合じゃないって。
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ふたを開けてみるまで、何が入っているかわからない。
ワクワクよりクタクタが今の心境。
開けてみた箱に何が入っていたか、もし、良かったらまた見に来てくださいね。

念のため、写真の箱はギリシャでもらったプレゼントです。
あ、箱じゃなくて中身がですけど。中身は…内緒?
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ひさびさに身につけるものをひっぱり出してきました。
友達がくれたブレスレット。可愛くてお気に入りなのですが、身につけることは滅多にありません。
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プラチナのアクセサリーが一番好きなのは日本だと聞いたことがあります。
そのせいか日本では銀色のアクセサリーは金色と同じようにお店で見かけますよね。
ギリシャでは銀が安かったせいか、若者のアクセサリーとしては認知されていても、大人の女性にはふさわしくないと思われているようです。プラチナをしていても高価なものとは思ってもらえませんでした。

あちらでは赤ちゃんが生れて洗礼を受ける時に盛大にお祝いしますが、この時にまず贈るのが金製品。
それからも誕生日など折りに触れて金のアクセサリーを贈るようで、友人の娘なども結構な「金」持ちです。
自営のチーズ工場で働く友人(女性)は「一冬働いて、兄さんがこれを買ってくれたわ」と金のブレスレットを見せてくれました。お給料代わりみたい。
財産としての金という考え方が残っているのでしょうね。
ミノア文明の黄金の財宝なども有名なお国柄です。
そのため、デザイン的にも存在感のあるものが好まれているようです。
ぽってりした指輪やぶっといブレスレットなどなど、顔立ちが派手な彼等には映えますが、北方系蒙古民族の顔立ちの私にはとてもとても。

もっとも最近はデザインもバラエティ豊かになり、価値観も変わっています。
フォリフォリで見つけた可愛い細い銀色のチェーンのブレスレット。
「見せて」と言って手にしたら、ホワイトゴールド。お値段を見てお試しせずに返却。
つまりは金なのね。

このブレスレット実は相当重いんです。
肩こり&腱鞘炎もちの私、症状が悪化するのが恐くて出来ません。
これが金だったら…。
お金持ちは体力も必要なんだな。
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